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千葉地方裁判所木更津支部 昭和44年(ワ)65号 判決

原告

山中政人

ほか三名

被告

馬場清

主文

原告等の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、被告は原告幸子に対し金一二〇万円、原告政人、同俊幸、同真由美に対し、それぞれ金八〇万円ずつ及び右各金員に対する本訴状送達の翌日(昭和四四年一二月一四日)から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求める旨申立て、その請求の原因として、

一、原告幸子は訴外亡山中勉の妻であり、原告政人、同俊幸同真由美はいずれも右勉と原告幸子との間の子である。

二、右山中勉は、昭和四四年三月一七日午後一〇時二五分頃自動二輪車を運転走行中君津郡君津町篠部一、三九二番地先路上で、被告運転の普通貨物自動車(千葉四さ六〇一三号)にはねられて脳挫傷の傷害を受け、直ちに入院加療を受けたが、右傷害のため三日後の同月二〇日木更津市木更津八六二番地萩原病院で死亡するに至つた。

三、被告は本件事故を起した前記自動車の所有者であり、いわゆる運行供用者であるから、自賠法第三条に基づき山中勉の本件事故による死亡の結果生じた損害を賠償すべき義務がある。

四、原告等が本件事故により蒙つた損害は次のとおりである。

(一)  原告幸子の損害

(1)  勉の逸失利益相続分 金二、八九〇、五八七円

訴外勉は死亡当時千葉県釜神郵便局に郵政事務官として勤務する三五才の男子で、年間金九〇三、八八二円の給与を支給されており、同人が右給与を得るために必要とした生活費はどんなに多く見積つても月三万円、年間三六万円を超えるものではないから、同人は控え目にみて年間五四三、八八二円の純益を得ていたものである。同人は六〇才まで前記郵便局に勤務できたのであるから、本件事故にあわなければ今後二五年間は毎年少くとも右金額以上の純益を得らるべきものである。その合計金額を、年五分の中間利息を控除して現在一時に請求し得る金額に換算するならば(複式ホフマン計算)金八、六七一、七六三円となる。

原告幸子は右勉の相続人で、その相続分は三分の一であるから、同原告は勉の逸失利益のうち金二、八九〇、五八七円を相続した。

(2)  葬儀費用 金三〇〇、〇〇〇円

原告幸子は訴外勉の妻として、同人の葬儀一切の費用を支出し合計金三〇万円の損害を蒙つた。

(3)  慰藉料 金一、〇〇〇、〇〇〇円

原告幸子は、本件事故により働き盛りの最愛の夫を奪われ、今後七才を頭に三人の子供を女手一つで養育していかねばならず、その受けた精神的痛手は到底筆紙に尽し難いものであり、その慰藉料は金一〇〇万円を以て相当とする。

(4)  右金額を合計すると金四、一九〇、五八七円となる。

(二)  原告政人、同俊幸、同真由美各自の損害

(1)  勉の逸失利益相続分 各自金一、九二七、〇五八円

前記のとおり勉の逸失利益につき現在一時に請求し得る金額は金八、六七一、七六三円であるところ、原告政人、同俊幸、同真由美はいずれも右勉の相続人であり、その相続分は各自九分の二であるから右三名の原告は各自金一、九二七、〇五八円を相続した。

(2)  慰藉料 各自金一、〇〇〇、〇〇〇円

右原告三名はそれぞれ七才、四才、二才という幼児であるが、本件事故のため父親を失い、今後の重要な成長期を父親の愛を知らずに過さねばならなくなつたので、その受けた精神的苦痛は極めて大きなものであり、慰藉料は三名各自につきそれぞれ金一〇〇万円を以て相当とする。

(3)  右金額を合計すると右三名の原告それぞれにつき金二、九二七、〇五八円となる。

五、そこで、被告に対し自賠法第三条に基づき、原告幸子は前記損害金四、一九〇、五八七円のうち金一二〇万円を、原告政人、同俊幸、同真由美は前記損害金二、九二七、〇五八円のうち金八〇万円ずつ、及び右各金員に対する本訴状送達の翌日より支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めて本訴に及んだ次第である

と述べ、被告の主張に対し、

一、「急速度で追越した」との点については、山中勉の運転車の速度は時速約三〇キロメートルに過ぎなかつた。

二、「酒酔」の点については、山中勉が当日午後六時から八時までの間に一合ないし一合五勺の日本酒を飲んだことは事実であるが、その後食事も十分取つており、飲酒後二時間半以上も休憩しているので、事故発生当時は道交法にいう「酒気帯び」の状態にすらなかつたものといえる。

三、「無過失」の点については、本件事故は、〈1〉被告が右折するまでの間全く後方確認を怠り、亡山中のオートバイを認識しなかつたか、又は〈2〉被告は一旦は後方を確認したものの亡山中のオートバイを実際よりかなり後方にあるものと誤認し、その後全く後方を顧みなかつた為被告車の右後方を走行していた亡山中のオートバイに気付かずいきなり右折したかの、いずれかの過失によつて惹起されたものと推認される。〈3〉仮に百歩譲つて被告の弁明がすべて事実であるとしても、なお被告には次のような重大な過失がある即ち被告が右折直前に、バツクミラーやフエンダーミラーを見るという僅かな注意を払いさえすれば亡山中のオートバイの存在に気付き得た筈であり、それによつて本件事故は回避し得たのに、右折開始地点でバツクミラーもフエンダーミラーも全く見ていないのである。

四、被告が本件事故につき刑事責任を問われていないことは認めるが、目的理念を異にする刑事法上の過失と民事不法行為責任の過失とを同一に論ずべきではない。

五、原告らがいわゆる強制保険金二、四一五、〇五六円を受領した事実は認めるが、本訴においては右金額控除後の損害金について請求するものである。

と反論し、被告も事故当日飲酒していたと附棟した。〔証拠関係略〕

被告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め、原告等の請求原因事実に対し、一は認める。二のうち山中勉が原告等主張の日時場所において被告運転の自動車に接触して、原告等主張の日時場所において、その主張の傷害により死亡したことは認めるが、被告車にはねられたとの点は否認する。三のうち被告が本件事故を起した自動車の所有者であることは認めるが、その余は否認する。四及び五はすべてこれを争うと答弁し、被告は本件事故現場を右折するため、略々三〇メートル手前の地点から右折の合図をし、センターラインに添うて時速二〇キロメートル位に減速して進行し、右折開始直前にバツクミラーを見て相当距離ある後方から二輪車が走行して来るのを発見したが、何の危険もないと思つて右折を開始したところ、右方道路に入ろうとする直前、亡山中勉の二輪車が被告車の左側を進行すべきに拘らず、既に右折進行中の被告車の直前を急速度で通り抜けようとして被告車のバツクミラーに接触し、一〇数メートル走行して溝に倒れたものであつて、本件事故は全く亡山中勉の酒酔運転と無暴操縦に因るもので、被告は山中勉が被告車の左側から追越すべき道交法の規則を無視して右側から追越すという不測の行動に出ることは予測し得べくもなく、山中も亦交通法規を遵守して行動するものと信頼して運転していたものであるから、被告には何等の過失はたかつたし、被告車には構造上の欠陥はなく、機能の障害もなかつたから、被告は自賠法上の損害賠償義務はない。なお原告等は山中勉の本件事故による死亡につき、大正海上火災保険株式会社から自動車損害賠償責任保険金二、四一五、〇五六円を既に受領済であり、被告は本件事故につき何等刑事責任を問われていないと主張し、原告主張の飲酒の事実を否認し、仮りに被告に過失があるとしても山中勉には前記のような重大な過失があるから過失相殺の抗弁を提出すると述べた。〔証拠関係略〕

理由

一、当事者間に争いのない事実

原告幸子は訴外亡山中勉の妻であり、原告政人、同俊幸、同真由美はいずれも右勉と原告幸子との間の子であること。右山中勉は、昭和四四年三月一七日午後一〇時二五分頃自動二輪車を運転走行中君津郡君津町篠部一、三九二番地先路上で被告運転の普通貨物自動車(千葉四さ六〇一三号)に触衝して脳挫傷の傷害を受け、直ちに入院加療を受けたが、右傷害のため三日後の同月二〇日木更津市木更津八六二番地萩原病院において死亡するに至つたこと。被告が前記貨物自動車の所有者であること。原告等が山中勉の本件事故による死亡につき大正海上火災保険会社から自動車損害賠償責任保険金二、四一五、〇五六円の支払を受けていること。被告が本件事故につき刑事責任を問われていないこと。山中勉が本件事故前飲酒していたこと。以上の事実は当事者間に争いがない。

二、本件事故発生に至るまでの経緯

(一)  〔証拠略〕を綜合すれば山中勉は本件事故当日小久保郵便局で開催された電話自動化の説明会に出席し、会終了後同日午後六時頃から三田恒雄等七名と共に君津郡大佐和町岩瀬八七一番地「昇栄ずし」こと稲葉なか方で清酒約一升(一人当り約一合二勺)を飲み、同日午後八時頃三田恒雄、苅込馨と共に「昇栄ずし」を出て、岸俊雄らと落合うべく、自動二輪車を運転して同町千種新田七二番地の二飲食店「みや」こと桑原順司方に到り、同所で岸らを待設ける間清酒約七勺を飲み、そばを食べ、やがて岸らが来合わせたので、午後一〇時頃「みや」を出て、三田恒雄と共に自動二輪車を運転し、三田の車両に三、四〇メートル先行して時速三、四〇キロメートルで道路の中心線より少し右側を富津郵便局に向つて進行していたことが認められる。証人苅込馨及び岸俊雄の証言中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(二)  〔証拠略〕を綜合すれば、被告は本件事故当夜一〇時一五分頃前記自動車を運転して君津郡大佐和町千種新田所在の平野昭太郎方を出発し、帰宅の途に就いたが、途中大佐和町方面から富津公園に通ずる幅員六、七メートル、アスファルト舗装の平坦な県道上を時速四、五〇キロメートルで進行していたことが認められる。

三、本件事故の態様

〔証拠略〕を綜合すれば、被告は前記県道を進行中同夜一〇時二五分頃富津町篠部方面に通ずる道路が右県道に交わる交差点に近付いたので、同所で右折すべく、右交差点の手前二四・三メートルの地点で右折の合図をすると共に時速約二〇キロメートルに減速し、道路の中心線に沿つて進行し、更に九・六メートル進んだ地点で、車内バックミラーに映る山中勉運転の自動二輪車が後方四四メートルの地点を追走して来るのを認めたが、衝突する虞れはあるまいと思い、更に一一・五メートル進行した地点で、バックミラーやフェンダーミラーを見ずに右折を開始したところ、約一メートル進行した地点でその前方を通り抜けようとした山中勉の自動二輪車の左側が被告車の右前部バックミラーやフェンダーに接触し、山中は更に一八メートル進行して側溝に転落したことが認められる。

四、本件事故の原因

〔証拠略〕によれば、前記県道は前記交差点の約六〇メートル手前から直線になつているので、山中勉は、遅くとも被告が山中の追走して来るのを認めた地点では被告の右折の合図を認め得た筈であり、若しこれに気付かなかつたとすればアルコールの影響で前方に対する注意が散漫になつていたものと思われる。孰れにせよ、被告車を追越すにはその左側からすべきであつて、既に右折しつゝある車両の前方を通り抜けるが如きは明らかに道路交通法二五条一項但書に違反する重大な過失といわざるをえない。

原告は、被告は山中の車両との間隔を誤認した結果、山中の車両がもつと近接しているのに気付かず、後方の安全を確認せずにいきなり右折したと推認される旨主張するけれどもこれを認めるに足る的確な証拠がないばかりでなく、仮に間隔に若干の誤認があつたにしても、山中が被告車の前方を通り抜けようとさえしなければ、本件事故は発生しなかつたものであり、又前顕乙第三号証によれば、被告が右折して入ろうとする道路は幅員僅か二、三メートルで前記県道と直角に交差しているから、予め道路の中心線に寄つて減速徐行することなく、いきなり右折し得るものとは認め難い。

原告はまた被告は右折に先立ちバックミラーやフェンダーミラーを見るという僅かな注意を払いさえすれば山中の車両の存在に気付いた筈であるのに、その僅かな注意を怠つて後方の安全を確認しなかつたのは被告の重大な過失であると主張するけれども、被告が右措置を講ずれば、山中の車両に気付く筈だから、右折を思い止まり、それによつて本件事故は回避し得たであろうとはいえるにしても、既に二四メートルも手前から右折の合図をして減速進行している被告としては山中が右合図を認めて、その左側を追越すものと期待して右折を開始するのは当然であつて、明らかに交通法規に違反するような無謀操縦をする者のあるべきを慮り、これに備えて安全運転をすることまでも要求されるものとは到底解し難いから、被告が右措置を講ずることは事故防止上望ましいとはいえるにしても、これをしなかつたとて直ちに過失とまではいい難い。

以上認定の如く、本件事故は山中勉が右折しつつある被告車の前方を通り抜けようとした無謀運転に基因し、全く同人の一方的過失によるものであつて、被告に過失の責むべきものはなく、又被告の供述によれば、被告運転の自動車には構造上の欠陥はなく、機能の障害もなかつたものと認められるから、被告は本件事故につき自賠法第三条の責任を負うべきいわれはない。

叙上のとおり、原告らの本訴請求はその他の点につき審究するまでもなく失当であるからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鍬田日出夫)

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